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そこ、hyphen

これはコトバですか?

第16回短歌の目・2月

tankanome.hateblo.jp

今月も無事詠めました。どうぞよろしくお願いいたします。引用スターよろこびます。

題詠

1.

たましいをやさしく洗うあかぎれの指にしみいるアリエールの泡

 

2.

道ならぬ道の先には鬼がおりあんさんこちら手の鳴るほうへ

 

3.

 優しさを受け入れてみるすみやかにボディソープは愛にあふれて

 

4. チョコ

ピンヒールで刻むフロアに鳴り響くチョコレイトディスコ、チョコレイトディスコ

 

5. きさらぎ

きさらぎのアクアラインに朝日差し都市にも眠りと目覚めがありぬ

 

テーマ詠「夢」

夢だけど夢じゃなかった芽吹いたら現実なのだ、水をやらねば

第15回短歌の目・1月

短歌の目

tankanome.hateblo.jp

今月もどうぞよろしくお願いいたします。引用スターお待ちしております。

題詠

1. 編

生まれくる罪を憎めど生まれくる人を憎むな ニライカナイ

2. かがみ(鏡、鑑も可)

鏡「ええ、世界で一番美しいのはあなたです女王様」

3. もち

どこにも行けず力もちうどんの発症を感知している白い真昼間

4.

起立、礼、着席、今から出欠をとります、それでは位置についてようい

5.

ひとりでは暮らすこともままならず萎びたほうれん草のさよなら

テーマ詠

逆上がりうまくいつた日は遠く錆のにほひの残る掌

歌集を読んでいた

絵空事

歌集を読んだのだけど、思いのほか文章としてまとまらない。

そもそも歌集を読むっていうことがどういうことなのか、みたいなことを読みながら考え出したら、歌集の感想、ってどう書けばいいのかなあ、と思い始めて足を止める。

だいたい短歌というものは、1首単位で「鑑賞する」という趣が強く、じゃあ短歌がいくつか並んで構成された「連作」、その連作がまとめられた「歌集」なるものの読み方を指南するようなものってあんまり見かけたことがなくって、そうだ見かけたことないんだよな、じゃあ歌集ってどう読むんだろうね、ましてや短歌に触れない人にとっては短歌がいっぱい並んでいるもの、みたいな把握(てかそもそも短歌ってなんだよってところから始めないといけないかもしれないんだけど)にとどまると思うんだけど、それじゃあ歌集って小さいマスの中でしか売れないんじゃない?とか、歌集そのものとは全く関係のないところでぐーるぐるしていた。

歌集を、あるいは連作を、一単位として読むあるいは語る思考様式が欲しいなあと思う。歌集をもっと物語の感想を言うように語れたら、読む人が増えるんだろうかね。

とか思いつつ。

はつはる

絵空事

寝て起きたら2017年だった。

去年はブログをあまり更新しないまんまの1年となりまして、ゼロみたいなところから再び更新するのってめんどいような、そうでないような、感じのところにいるんですけど、やっぱり書いとかないとなあみたいなことを強く思いまして、書くなり。

できればここしばらくずっとやっている短歌のことを書いていきたいとは思っているのですが、5757757577って指折り数えていると、だんだん、575577557577みたいな感じになってきたりもするので、飽きない程度にやろうとは思っています。

ここしばらく興味があるのは、コンテンツの魅力をどう切り開いていくかみたいなところにありまして、それを広報と言ったり営業と言ったりするんだろうか。

作る人と享受する人とその間をつなぐ人。

つなぐ面白さみたいなところを掘り下げていく1年にしたいです。

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第14回短歌の目・12月--かしこいきみなら

tankanome.hateblo.jp

2016年詠み納めです。よろしくお願いします。

題詠

1. おでん

おでんしづかにあたためられてもう玉子茶色く染まる二日目の鍋

2. 自由

強風に声は消えてもはつきりと口動かして自由だといふ

3.

忘れんでくださいね でも 忘れても誰も怒りはしませんけんね

4. 指切り

守れないから指切りを交はしてる、かしこいきみならわかることだよ

5.

神様はふらふらただよふ幽霊と見分けがつかないくらいの早さで

テーマ詠

ばあちやんが何度も同じ話してみかんの皮で咲かせたる花

 

2017年も参加継続できるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!

第12回短歌の目・10月――尾ひれをつけて

短歌 短歌の目

 

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題詠

1. 渋

渋谷区の犬の話に少しずつ尾ひれをつけて放つたそがれ

2. 容

容量をはかり終えたらいろはすのペットボトルはべこべこにして

3. テスト

しらじらとテスト用紙をめくりゆく監督者の粗き網タイツ

4. 新米

新米をよそうお碗の冷え冷えとしている温度、台所の床

5. 野分

あめつちを駆ける野分をのぞむ窓一枚分の震えにふれる

テーマ詠「空」

  • 汚れだと爪で掻きたる黒点の小ささまでも空に飛ぶ鳥

  • 垂直におりたる光やはらかく注ぐといふより突き刺すやうな

  • 電線をキリトリ線に見立ててはまだ見ぬ街を空と隔てた

  • 雲を避け飛行したがる指示のこと話し尽くせぬ管制官の友

  • 早朝に碇失う船の帆を安全ピンにて空ごと留める

一歌談欒 Vol.1

短歌

dottoharai.hatenablog.com

参加させていただきます。よろしくお願いいたします。

課題歌

おめんとか
具体的には日焼け止め
へやをでることはなにかつけること (今橋愛)

部屋を出るのに何かつけるというのは当たり前の行為で、何も身につけず部屋を出ることはほとんど不可能である。

けれでも歌の中で身につけるアイテムとして提示されているのは「おめん」という滅多に身につけることのないようなアイテムだったり、そうかと思えば「具体的」な日焼け止めであったり、なんだかちぐはぐした印象が与えられる。

ただごと歌っぽいようでいて、ただごと歌が引き出すワンダーや発見よりも、もっとミステリアスな感覚を覚える。

そこでもっともらしい「へやをでることはなにかつけること」という下の句に目をむけてみると、2つのことに気づく。

  1. なにか「つける」こと
  2. 全てひらがなで表記されていること

歌の中では、部屋を出るときに身に「つける」アイテムとして「おめん」や「日焼け止め」が選ばれているが、これらのアイテムが担う役割は身につけるものの中でも「外界と私を遮断する」というところに本質がある。

お面は被れば顔を隠してくれるし、日焼け止めは紫外線から肌を守ってくれる。

そもそも部屋にいること自体、外と〈私〉が遮断されていることである。

だからこそ部屋を出て、外にさらされるときには、アイテムによって〈私〉を守らなければならない。 

しかし最もらしいことで歌を締めくくりながら、読者に与えられるのは歌の意味をいまいち処理できていない感覚や、自分を外から守ろうとするにはあまりにも現実的でないような佇まいである。

とりわけその印象を強めるのはこのひらがな表記である。

ひらがなで表記すると、どことなく嘘っぽいというか、現実世界に即していないような浮遊感を感じられることがある。

それは初句の「おめんとか」にも表れていて、おめんは「お面」と表記されてもよかったはずなのにあえて開いているのだと思う。

実は「へやをでることはなにかつけること」というのは、フィクショナルな思い込み、あるいは表層的なことなのかもしれない。

もっとも冒頭でも少し触れたように、何も身につけずに外出することは不可能である。一方で〈私〉を完全に外と遮断してしまうことも不可能であって、その衝突の中で、唯一「具体的に」とれる策がおそらく「日焼け止め」を塗ること。

おめんとか
(具体的には日焼け止め) 
へやをでることはなにかつけること

個人的には、2〜3句目をカッコに入れてしまうと、歌の中における世界観の境界のようなものが見えてくる気がする。

現実的でないことを現実的でないと把握しながら、一方で具体的な方策で抗おうとする姿勢を紛れ込ませた歌なのではないだろうか。