そこ、hyphen

これはコトバですか?

一歌談欒 Vol.1

dottoharai.hatenablog.com

参加させていただきます。よろしくお願いいたします。

課題歌

おめんとか
具体的には日焼け止め
へやをでることはなにかつけること (今橋愛)

部屋を出るのに何かつけるというのは当たり前の行為で、何も身につけず部屋を出ることはほとんど不可能である。

けれでも歌の中で身につけるアイテムとして提示されているのは「おめん」という滅多に身につけることのないようなアイテムだったり、そうかと思えば「具体的」な日焼け止めであったり、なんだかちぐはぐした印象が与えられる。

ただごと歌っぽいようでいて、ただごと歌が引き出すワンダーや発見よりも、もっとミステリアスな感覚を覚える。

そこでもっともらしい「へやをでることはなにかつけること」という下の句に目をむけてみると、2つのことに気づく。

  1. なにか「つける」こと
  2. 全てひらがなで表記されていること

歌の中では、部屋を出るときに身に「つける」アイテムとして「おめん」や「日焼け止め」が選ばれているが、これらのアイテムが担う役割は身につけるものの中でも「外界と私を遮断する」というところに本質がある。

お面は被れば顔を隠してくれるし、日焼け止めは紫外線から肌を守ってくれる。

そもそも部屋にいること自体、外と〈私〉が遮断されていることである。

だからこそ部屋を出て、外にさらされるときには、アイテムによって〈私〉を守らなければならない。 

しかし最もらしいことで歌を締めくくりながら、読者に与えられるのは歌の意味をいまいち処理できていない感覚や、自分を外から守ろうとするにはあまりにも現実的でないような佇まいである。

とりわけその印象を強めるのはこのひらがな表記である。

ひらがなで表記すると、どことなく嘘っぽいというか、現実世界に即していないような浮遊感を感じられることがある。

それは初句の「おめんとか」にも表れていて、おめんは「お面」と表記されてもよかったはずなのにあえて開いているのだと思う。

実は「へやをでることはなにかつけること」というのは、フィクショナルな思い込み、あるいは表層的なことなのかもしれない。

もっとも冒頭でも少し触れたように、何も身につけずに外出することは不可能である。一方で〈私〉を完全に外と遮断してしまうことも不可能であって、その衝突の中で、唯一「具体的に」とれる策がおそらく「日焼け止め」を塗ること。

おめんとか
(具体的には日焼け止め) 
へやをでることはなにかつけること

個人的には、2〜3句目をカッコに入れてしまうと、歌の中における世界観の境界のようなものが見えてくる気がする。

現実的でないことを現実的でないと把握しながら、一方で具体的な方策で抗おうとする姿勢を紛れ込ませた歌なのではないだろうか。